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文部科学省大臣メッセージ

いじめに正面から向き合う「考え、議論する道徳」への転換に向けて(文部科学大臣メッセージ)について(平成28年11月18日):文部科学省

平成28年11月18日付で、文部科学大臣より以下のメッセージを発信

いじめに正面から向き合う「考え、議論する道徳」への転換に向けて

  11月2日、いじめ防止対策協議会から、いじめの防止等の対策に係る提言をいただきました。文部科学省は、これに沿った取組を様々な角度から総合的に進めてまいります。

  その中でも、私は特に、平成30年度から全面実施となる「特別の教科 道徳」の充実が、いじめの防止に向けて大変重要であると思っています。 

  いじめられた子供は、学校に通えなくなったり、心身の発達に重大な支障を生じたり、尊い命が絶たれるという痛ましい事案も発生しています。いじめた子供も、法律又は社会のルールに基づき責任を負わなければならない場合があるとともに、その心に大きな傷を残します。「いじめのつもりはなかった」、「みんなもしていたから」ではすみません。また、いじめられている子供を見ていただけの周囲の子供も、後悔にさいなまれます。子供たちを、いじめの加害者にも、被害者にも、傍観者にもしないために、「いじめは許されない」ことを道徳教育の中でしっかりと学べるようにする必要があります。

(「考え、議論する道徳」への転換)

  道徳の特別の教科化の大きなきっかけは、いじめに関する痛ましい事案でした。 

  これまでも道徳教育はいじめの防止に関して大きな役割を負っていました。しかし、これまでの道徳教育は、読み物の登場人物の気持ちを読み取ることで終わってしまっていたり、「いじめは許されない」ということを児童生徒に言わせたり書かせたりするだけの授業になりがちと言われてきました。

  現実のいじめの問題に対応できる資質・能力を育むためには、「あなたならどうするか」を真正面から問い、自分自身のこととして、多面的・多角的に考え、議論していく「考え、議論する道徳」へと転換することが求められています。  
  このため、道徳の授業を行う先生方には、是非、道徳の授業の中で、いじめに関する具体的な事例を取り上げて、児童生徒が考え、議論するような授業を積極的に行っていただきたいと思います。
いじめやいじめにつながる具体的な問題場面について、例えば、
  ・どのようなことが、いじめになるのか。
  ・なぜ、いじめが起きるのか。
  ・なぜ、いじめはしてはいけないのか。
  ・なぜ、いじめはいけないと分かっていても、止められなかったりするのか。
  ・どうやって、いじめを防ぐこと、解決することができるのか。
  ・いじめにより生じた結果について、どのような責任を負わなくてはならないのか。
といったことについて、自分のこととして考え、議論して学ぶことが大切であると考えます。こうした学びは、いじめという問題だけではなく、道徳教育の目標である「自己の生き方を考え、主体的な判断の下に行動し、自立した人間として他者と共によりよく生きるための基盤となる道徳性を養う」ことそのものにつながるものであると思います。こうした取組は、道徳の特別の教科化の全面実施を待たずにできることです。学校や児童生徒の実態を踏まえつつ、できるところから、いじめに関して考え、議論する授業を積極的に展開していただきたいと思います。

文部科学省の取組) 

文部科学省では、道徳教育の充実のための資料等をホームページ上で提供する「アーカイブセンター(仮称)」を設け、
・「考え、議論する道徳」の授業づくりの参考となる実践事例集(映像資料など)
・道徳や特別活動等で活用できる、いじめの具体的な事例から考え、議論する教材
などを、順次公開し、各学校の取組を後押ししていきます。

  また、「考え、議論する道徳」への転換の趣旨について、広く知っていただくため、
・各都道府県等が行う独自教材作成、研究協議会等への支援
・全国7会場での道徳教育指導者養成研修(独立行政法人教員研修センターとの共催)
・道徳の特別の教科化についての保護者向けリーフレットの作成、配布
なども進めていきます。

  教職員の方々はもとより、学校教育に関わる皆様に広く知っていただき、力を合わせて、道徳教育の充実に取り組んでまいりますので、よろしくお願いいたします。

                 平成28年11月18日 文部科学大臣 松野 博一 

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何年か前に、確か本当かどうかという様々な憶測が飛んでいましたが、子どもが大臣に手紙を出した事がありましたよね?それで、大臣が緊急メッセージを出したのを受け、都道府県の教育委員会教育長も緊急メッセージを出し掲載したのを思い出しました。今も教育委員会上では当時のメッセージを今もなお残したままにしているのですが、あの事件というか要望の手紙から今まで、どれくらいの子どもが、いじめによって命を亡くしたり、自ら命を絶ってしまった子供がいるのでしょうか?何度、ニュースなどで報道されたのでしょうか?結局のところ、その後に東日本大震災も起こったりと大きく日本が変わって行ったとは思うけれども、この問題は何かに繋がるような働きが何もなかったという事ではないのかと思います。そして、年月が経つと共に、震災だけではなく、携帯ゲーム機・パソコンや携帯やスマートフォンなどのツールが子供の手に渡るのが当たり前になっていき、教育そのものが時代変化の流れのスピードについていけなくなってしまったのだと思うのです。いじめは、そのひずみに起きているから、見えにくく理解もしにくい。いじめを行う子ども達からすると隠れ蓑になる、親からすると機器をいじっているけど中身は知らない、先生からするとそこまでの世界に目を配る余裕が無いという個々が寸断された環境に立っているのが原因と考えられる。もしも、どうにかしたいと考え願うのであれば、その個々になってしまった状態から各自がその場所から出て、子どもを囲んだ教育環境を作って行かないといけないと思います。

ただ、今回の横浜市原発避難のいじめをはじめ、教育者が子どもの問題に対して、不適切というのか無責任な対応をする学校職員が現場に居る事に対しては、厳しい目で対応しても良いと思います。問題の悪化を助長させて、子どもから教育を受ける場の学校を奪うのは、子供社会でもいじめた側が責任を負うというのであれば、大人社会で同様であると考えられる事には責任を負わなければならないと思う。公務員は、処罰されない神話は、神話ではなく現実話なのはみんなわかっている事です。