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学校長、菌を全校集会で謝罪@新潟県新潟市内小学校

新潟市の小学校で、男子児童が、担任から名前に「菌」をつけて呼ばれ、学校を休んでいる問題で、男子児童が通う学校が5日朝、全校集会を開き、児童に謝罪した。
新潟市の小学校に通う小学4年生の男子児童が、担任の男性教師から、名前に「菌」をつけて呼ばれ、学校を休んでいる問題。男子児童が通う小学校では、5日朝、臨時の全校集会が開かれた。
集会では、校長が、児童に対して問題の概要を説明し、謝罪をしたという。
男子児童が通う小学校の校長は、「子どもたち、皆さんに、なんとおわびをしたらいいか、言葉もない。本当に申し訳なかった、ごめんなさいという、私自身の謝罪をさせていただきました」と語った。学校は、今後、保護者会を開き経緯を説明する方針。被害に遭った児童の登校のめどは立っていないという。また、この問題の当事者担任教諭は、現在、学級から外され学校を休んでいるとの事であるが、恐らくネット上で該当小学校名・教諭名が出てしまったという事が原因ではないか。

 

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まずは大人が謝罪するというのは、いい事であると思う。いじめを行っていた子どもがどう思うかは本人しか分からない事であるが、どんな理由であれ誰かを傷付けたらしっかりと謝らなくてはならないという姿勢を大人が先だって見せる事は良いと思うが、被害を受けた児童への謝罪等の学校側の態度は、生半可な対応で許されると思うなと言いたい。そんなつもりがなかったというのは、後の祭りで子ども同士でのトラブル上で、子どもが使う言い訳であれば通用するかも知れないが、この事件の場合は、教師に相談した後に、その教師から言われてしまったという事は、子どもが抱えていた問題に対して茶化してしまった教育者意識の低さだと捉える事が出来る。大人と子供の信頼信用の関係がなくなった場合、しかも大人が子供を裏切った場合の修復するクスリは何もない。被害を受けた子どもにとって、学校は、不信感が計り知れない恐怖でしかないと思う。教師を信用して相談した矢先に、教師が呼んだ愛称によって傷つけられてしまったのだから、誰も信用出来ない状態であると思う。

子ども間のいじめだけではなく、教育者からの不適切な不当行為も受ける場合があったり、またその上の管理職にあたる学校長や教育委員会も職務放棄という凄まじい環境が今の学校の中にはあるという事を無くさなければならない。不適切や不用意だっただのの言葉だけではなく、その言葉の次にどう動いているかが大事だと思う。謝罪も出来ない、更には隠蔽や偽造などをする、子どもに寄り添えず守れない、自己中心的な身勝手な大人が教育を担っている学校があるという現実を分からなくてはいけないと思う。

 しかしながら、今回軽率で不適切な発言をした当の学級担任は、学級を外され学校を休んでいるという事は、責任の取り方としてはおかしいと思う。反省をしている姿は、誰にも見えなくなったという一つの隠蔽になる話である。公になって以来、毎日、学校長が児童の自宅に謝罪に訪れているそうだが、そこに該当の教諭が居ないのは子どもの心には響かないと思う。なぜなら、学校長が「もっと早く気が付いていればと」立派な発言をしてるが、横浜のいじめ問題が公表された時点で、教育委員会などの調査通達が入る前に自ら学校内の避難者に限定されずに、再度いじめ等の問題がないか、また職員へは子ども達の配慮の仕方などしっかりとやるように学校長が率先して動いた学校もあるのに、ニュースになった後に耳を疑う事を起こし、以前から、いじめがあったという学校環境にしていた責任の所在は学校長であると思う。何か起きるまで気が付かない学校長であるなら、現場職員も軽率な発言をしても仕方ない現状結果であると思う。またその結果として、子どもだけが犠牲という最大の被害を受けている現状の解決方法を今後も学校の動向を追っていかなければ、学校の緊張感がなくなり有耶無耶に学校はすると思う。

こういった、教師の発言や学校の不適切な対応で学校拒否を起こす事件は、ニュースになっていないだけで沢山ある。現場職員の意識が、どこに目を向けているのかが問題ではないだろうか?給食の時間、職員室で給食とお茶菓子を囲むのをやめ、子どもたちが居る教室で給食を食べ、子どもと一緒に話しながら給食を過ごせば、学級担任が目や耳の行き届かない、子どもの心の声や体調に気が付ける機会が増えるのではないだろうか?ちゃんと聞けば、良くない遊びや愛称というあだ名で盛り上がっている事に気が付ければいじめにならない事もある。今ある現状を打開しようと動いている学校もある一方で、忙しいから無理という逃げの姿勢では、学校教育における被害児童の増加は加速を止められないと思う。