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死ねという意味だけがデスノートではないのか?@福島県田村市の小学校

福島県

www.oricon.co.jp

http://www.oricon.co.jp/article/91073/


小学校講師、児童に「デスノートに名前書くぞ」発言で学校が謝罪…言葉狩りか?
2017-01-13 
 小学校の先生が「デスノートに名前を書くぞ」と児童に発言したとして、学校側が保護者に対し謝罪していたというニュースが話題になっている。発言をした30代の男性常勤講師は、校長から厳重注意を受けている。
この小学校は福島県田村市にある。市の教育委員会によると、講師は昨年11月下旬と12月上旬の授業中、集中力を欠いていた4年生と6年生の各2人に、授業用タブレットの画面に「デスノート」の表紙を表示させ、「名前を書くぞ」と発言したという。
ネットでは学校の謝罪対応への疑問が噴出。「閻魔様に舌を抜かれる」や「なまはげが来る」とどう違うのか、などの声もあがっている。弁護士ドットコムニュースの電話取材に対し、田村市教育委員会は次のように回答した。
「『デスノート』という、名前を書けば『死』に至るものを使った、『死』を連想させる指導をした、ということを問題視した。今の時代、教員に対する期待は大きい。軽はずみな発言だったと反省し、再発防止に力を入れたい」 

●いわゆる「モンペ」案件ではないという
市教委によると、本件では保護者らから強いクレームがあったわけではなく、学校が率先して謝罪をしたという。
謝罪に至る経緯は次の通り。該当の発言からしばらくたった12月27日、児童の担任教師が保護者数名と立ち話をしているときに、「デスノート」発言がちょっとした話題になった。担任はその日のうちに教頭に報告。29日に校長が講師を厳重注意し、保護者に謝罪した。 謝罪の席上、保護者から「注意というより威嚇ではないのか」といった指摘はあったものの、大きく問題視する様子ではなかったという。いわゆる「モンスターペアレント」案件ではないようだ。 学校が謝罪に至った理由は、デスノートが「死」を連想させるからだという。 「子どもたちに『生きる力』を身につけさせるのが私たちの仕事。講師本人は『閻魔様』や『雷様』『なまはげ』などと同じレベルで言ってしまったようだが、『デスノート』を用いることで、子どもたちを不安がらせてしまった」
一方で、「あれをやったらダメ、これをやったらダメという風に、教員が萎縮することは本意ではない」「報道の後、一般の方から励ましの電話もあったが、『デスノート』発言に対し、厳しい声が多かった」と、苦悩が垣間見える発言もあった。

 ●「言葉狩り」的な批判ではなく、建設的な議論を
今回の件に法的な問題はあるのだろうか。いじめなど、学校問題にくわしい舟橋和宏弁護士は、次のように話す。
「今回の発言が、刑法の『脅迫罪』に当たるかどうかですが、デスノートに名前を書かれて死んでしまうといったことは、一般的に人々が恐れるというものでもなく、刑法上の責任を負う可能性はないと考えられます。
死を連想させるということで、不適切な発言であったという意見もあるようですが、デスノートという言葉のみで、発言が不適切とするならば、それは『言葉狩り』といわれても仕方ないと思います。
現場の先生方も世代の異なる生徒とのコミュニケーションに四苦八苦しています。なぜ、そのような発言があったのか、ただ批判するだけでなく、その背景事情まで見て、より適切な指導はどうすればいいのか考えていきたいですね」
(弁護士ドットコムニュース)

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最近、そういう意味ではなかったという弁明が多いが、これは言葉狩りという物ではなく、教員が子どもに注意をする際には、別の方法があるのにも関わらず、余りにも不適切な言動を用いた指導を行っているだけの話しなのである。これを実際、見聞きしていた親からすると違和感でしかなかったという現実問題であるにも関わらず、言葉狩りだのという反論が出てしまう側の考えの方が、不安になってしまう。

何故ならば、この注意指導の中に、デスノートという言葉が用いられているがこれは、死をもたらすという意味を持つノートとして作中では扱われ作中では書かれた者に死をもたらされてしまうという物である。ただの注意されど注意の中で教員が、「デスノートに書くぞ」という言葉を使うという事は、子どもに対して死ねといった含みがあると捉えられるのが普通であると思う。またこういった事を教員が子ども達の前で行う事により、子どもたちにそういう事を言ってもいいという、前例を示してしまう事になってしまうのである。

子ども達の教育の場所で、余りにも軽いノリで教務を行っている教員がいるが、そこに責任が伴わないと子どもを学校拒否に追い込んでしまったりと最悪な結果をもたらす事があると言う事は、いい加減気が付いた方が良いと思う。どんな、中堅やベテランの教員でも、子ども感覚の軽いノリで言った言葉により、子どもが学校拒否という不登校になってしまった例は全国でニュースになっていないだけで、沢山あるのが現実であり、言った方はそんなつもりはなかったと必死に弁解と謝罪をしても、言われた側は、わざわざ酷い言葉に対し、こういったつもりで言ってないなと考える高等な手段は大人でも難しいのではないかと思う事を、子どもにやらせようとするのはいかがなものであろうかと思う。

子どもが大好きで、教員になった気持ちは理解できるが、何かズレている感覚を持ち合わせている教員が増えてきているのではと思う。そこをしっかり管理指導して行くのが、学校長を始めとする管理職や教育委員会の面々であるはずなので、しっかりと考えて行って欲しいと思う。何か起きてからバタバタと対応に追われるようであるから、問題や事件事故の連鎖が起こってしまうのである。