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人の命は間接的でも奪える事を知るべきである@新潟県立新潟工業高校

いじめ加害生徒が謝罪
新潟・高1自殺 父親「息子に報告」

Cookieを有効にしてください|新潟日報モア

http://www.niigata-nippo.co.jp/news/national/20170116302137.html


 県立新潟工業高校1年の男子生徒=当時(15)=が昨年11月、いじめを苦に自殺したとみられる問題で、加害生徒とその保護者が15日、遺族と面会し、男子生徒をあだ名で呼ぶなどそれぞれの行為を認めた上で謝罪した。男子生徒の父親(44)は新潟日報社の取材に対し、「加害生徒の話を息子に報告した」と話した。

 父親によると、謝罪したのは、男子生徒がいじめの被害を担任に相談した際に名前を挙げた3人。高校で個別に父親らと面会した。校長や担任らも同席した。加害生徒は、男子生徒を嫌がるあだ名で呼んだことや暴言を言ったこと、無料通信アプリで男子生徒を中傷する画像の拡散に加担したことなどを認めた。「取り返しのつかないことをしてしまった」「気持ちを想像できなかった」などと話し、涙を流していたという。

 父親は、男子生徒の遺影を机に置き、亡くなった状況や遺書の内容などを説明した。「息子がどれほど学校が嫌だったか分かるか」などと訴えた。面会後、父親は取材に対し「謝罪されても許すことはできない。息子が帰ってくることもない。ただ、息子には聞いた話をそのまま伝えた」と語った。

 高校の調査によると、男子生徒は昨年10月下旬以降、いじめの被害などを担任に3回にわたって相談していたが、高校は保護者や県教育委員会に報告していなかった。この問題を巡っては昨年12月から、県教委の第三者調査委員会が調査している。

 

新潟県立新潟工業高校

再発防止に向けてhttp://www.niigatak-h.nein.ed.jp/index01.html

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どんないじめであっても、いじめをやっている側はやっている最中にその後、加害被害者共にどんな結果が待っているのかは、予想も想像もしていない。ほとんどが、軽い気持ちで行われているからである。その結果、被害者側が自ら命を絶つ事しかない選択に追い込まれてしまったところで、このいじめというゲームは終わる。このゲームには、加害者というプレイヤーには、ペナルティは無い。更には、なんでそんな事くらいで死ぬの?と不思議でしかない理解能力でしかないので、自分が行った事の分別をも理解出来ない。だから、大人の組織がいじめ事件に対し調査を行っても、いじめ加害者側は「そんなつもりはなかった」と悪意の否定をする。沢山の人に、何をやったかを諭されて、一人の人間を死に追いやってしまったという理解が出来たから、泣くこともでき、謝罪も出来という運びになったのではないかと思う。本当に、高校生であっても未熟さが招いたことであったと思う。また、この被害者の父親は、当事者と話すことは出来たかも知れないが、決して許すという心を持つことは出来ないが、話す事は出来るという事であったのではなかったのだろうか。

小学校・中学校の生活とは違い、高等学校での生活は、その子どもが選んだ進路イコールその子どもが夢を叶えるための学校ではないだろうか?ましてや、工業高校という専門的な事を学べる学校性質がある以上は、具体的な夢をもっていたのではないかと推測が出来、本当に悲しい事件であることが更に分かると思う。

いじめという言葉は、結末的な状況で使われてしまうが、やられている・やっている最中には、価値観の違いすれ違いからの発生ではないかと思う。まだまだ、心身未熟な10代の子ども達に、いじめはダメだという極論的な説明をしたところで理解はしない。嫌なものは嫌であるのが、何が行けないのだという事である。これをどう伝え教えるのかは、教育者達の手腕が問われているのではないのであろうか。なのにも関わらず、教員は、「忙しい」という言葉に捕らわれて、どうある姿が教育であるのかを見直す事も出来ずにいる状況を変えようとしない。気が付いたら、子どもが自殺をしてしまった。という結果に対応するだけで、今まで何をやっていたのだと批判に晒されるのは、普段の身の振り方という業務のやり方に問題があったからではないのだろうか。

少子化になっても、教員の人数等をそのままにして行く事はより豊かできめの細かい指導教育が出来て行くのに、子どもが少なくなっているから教員を減らすという事をするから、この時代の子ども達の姿にあった、教育が出来なくなってしまっているのである。この先の教育の姿を考えると、英語・プログラミングなどの新しい教育を取り込むのであれば、圧倒的に教員数の人員は不足している。ますます、多忙に拍車がかかり目の前の子どもに目が行かなくなり、防げるはずのいじめ問題や不登校、そして、最悪な結果をもたらす、機械的教育産業に化けて行くのではないかと心配でしかならない。